ご飯が食べられる、ということ

こんにちは〜

本を書くならとりあえず自分で書いてみようと思って、冒頭部分を考えているんですが、この世の中に対する疑問がとめどなく湧いてきてしまっている林です。

昭島〜ERの時に思っていたことが

「生まれ変わりたくないランキング 第1位 東京の犬」

でした。

このブログを読んでいる人はなんとなく理由がわかると思いますが

・自然、緑がない

・基本家の中

・動物病院が多く、通院が多い

他にも理由がありますが、特にこの辺が私は嫌だったんですよね〜

特に3つ目は自分が関わっていたところなんで、深く考えていましたね。

どこに行っても検査検査、そして注射、薬、手術・・・

そんな子たちがより集まってきていたのがERみたいな二次診療施設です。

重たい子がどんどん集まってくる、そしてその数は永遠に減らない。

ってことは今の動物の生き方はちょっと違うんだろうし、今の動物病院の治療っていうのがもっと違うんだろうし。

そんな時に感じたのが「この動物たちをなんとかしてあげないと!!!」みたいな、こう情熱に溢れた想い・・・

なんかは残念ながら微塵も思わなくw

「これ、自分が動物の立場だったら、相当辛いだろうな」

っていう感情でした。

動物は喋れません。

感情を伝えることはできると思いますが、残念ながらほとんどの人間には伝わりません。

その結果、少しでも調子が悪くなると病院に連れて行かれ、検査をされて治療をされる。

そこには必ずストレスや痛みが伴います。

ちょっと採血、って気軽にされていますが、採血って針を刺して血を採るんですよ。

逆の立場だったら嫌じゃないですか?

ちょっと吐いた、血尿が少し出た、なんとなくお腹が痛い、腰が痛い。

そんな感じで病院に行って、その度に

「よくわからないから採血しますね」

って言われたらどうでしょうか??

自分の子供だったら嫌じゃないですか??

問診をして触診をして、視診をして聴診をして。

そこまでやってでもよくわからないし、このまま放っておいたらどんどん落ちていきそう。

そんな時に検査は必要ですが、ちょっと変だけど元気がある、みたいな時ってそこまで検査が必要なのかな、って。

あとは治療。

結局検査をいくらしたってその原因はわからないんですよ。

ストレスかもしれないし食事かもしれないし、化学物質かもしれないし冷えかもしれない。

もっというと満月かもしれないんですよ。

満月は地球の水分である海の高さを変えてしまいます。

ってことは半分以上が水分の我々動物の身体にも変化がありそうですよね。

それらのことは結局検査をしてもわからない。

そしてその原因にアプローチできる治療が、今の獣医学にはほとんど存在しない。

※骨折や外傷、感染症には強いと思いますが・・・

薬を飲むだけならいいかな、とも思っていましたが、薬って始めると減ることってあんまりないんですよね。

どんどん増えていき5種類を超え、中には10種類ぐらいサプリなんかも含めて飲んでいる子もいる。

そしてちょっとおかしいで注射をされたり、ちょっとできものがあるからって言って麻酔をかけられて手術をされたり。

そんなものを見ていたら「絶対に逆の立場だったら嫌」という気持ちが強くなり、「嫌なものは動物にはできないでしょ」っていう結論になったんで、こういうブログを書いて、治療もなるべくなら検査や薬をせず、その原因を探りとってあげることによって、病気を治すと同時に病気にならないようにしよう、ってことになったわけです。

ってまだまだ序の口ですがこれぐらい色々感じているんですよね。

そんなことをまず書いて、その解決方法といいますか、自分として何か過ごしやすい生活を送れるお手伝いができないか、って事を書こうと思っています。

さて、いよいよ今日の本題です

#いやいや、前書きが長すぎですよw

っと思ったけど長くなったのでこの辺で終わりますw

次書きますね。

まぁ書きたいのは「当たり前のことって実は幸せなんだ」って話です。

そのまんまの話なんですが、自分も含めて今の人たちって忘れてしまっているよね、って思うんです。

例えばみなさん目は見えますか?

鼻で息を吸ったり匂いを感じたりできますか?

口でご飯を食べたり喋ったりできますか?

耳で周りの音が聞こえますか??

これってどれもごくごく当たり前で、特に何も考えたこともないですよね。

でもね、それって実は奇跡的なことなんですよ。

たとえばなんらかのアクシデントで右眼の視力が極端に落ちて、色程度しかわからなくなったとします。

そうすると感じるんですよ。

右眼のありがたさを。

風邪で鼻が詰まった時に感じるんですよ。

無意識に匂いを嗅げるってこと、息を吸えるってことが素晴らしいってことを。

そして戦争や災害でご飯がなくなった時に感じるんですよ。

食べられるっていうありがたさを。

今の生活を見ていて感じるんですよね。

日本人って元々は全てのものに感謝して生きていたはずなのに、今はそれを忘れてしまっている。

昔は全てのものに「神」が宿る、って言われていたのに、今は目の前にあるものをただ口に運んでいるだけで、触っているだけで、なんとなく聞いているだけで。

ずっとスマホに集中している。

もちろんそれでもいいんですが、地球が恵んでくれていて当たり前のように感じている事を蔑ろにしていると、地球に住めなくなってくるんじゃないかと思うんです。

「いやいや、そんなことあらへんやろ〜」って思うかもしれませんが、これが家だったらどうでしょうか??

奥さんが毎日作ってくれている手料理をスマホを片手にただ流し込んでいて、話をしようにもずっとスマホを見ていて聞いているのかどうかわからない。

そんな生活が続いたらいつか爆発しますよね。

それが地球にも起こりそうな気がしてるんです。

だって地球は生きていますから。

生命の星ですからね。

って感じの話を書こうと思います〜

#いや、もう書いたな

では🤗

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